15年前のある日、東京へ出張しました。打ち合わせまで、時間に余裕があったので、オペラシティアートギャラリーで開催されているWolfgang Tillmans展に行きました。私はデザインを生業にしておりますが、東京はデザインやアーとのイベント数が大阪よりも多いので、東京に出張するついでに、何かを観にいくようにしていたのです。
ものすごく感動しました。写真展でそこまで感動したのは初めてでした。写真を見て感動したのは、ロバート・メイプルソープ以来でした。
ロバート・メイプルソープは1989年にエイズで亡くなったカメラマンです。ファッション、アートのカメラマンとして大成功し、華やかな世界で活躍しながらも、自分がエイズになったとわかってからは、自宅でひっそりと花の写真を撮り続けました。その花の写真を見たときに、脳を揺さぶられるかのように感動しました。花の写真から、命の儚さが伝わってくるのです。写真の撮り方だけで、こんなにもメッセージ性が生まれるのか、と感心しました。
ティルマンスは、ドイツのファッション写真出身のカメラマンなのですが、さりげない日常のシーンを、美しく切り取る写真家です。例えば脱ぎ捨てた服や、窓から見える風景、人間などをとても美しく写すのです。写真にはカメラマンの感性、と呼べるものが存在し、なんて素晴らしい才能だろうか、と驚嘆しました。
しかも、ティルマンスの写真で面白いところは、俺も頑張ったら撮れるのではないか、と思わせる写真であるところです。
メイプルソープの写真は、ほぼスタジオワークです。ハリウッドスターも花の写真も、光をコントロールして、被写体の構図を美しく作り出しています。だから、メイプルソープの写真を見て、同じようなものを撮ろう、とは思いませんでした。俺もスタジオあったらいい写真撮れるのに、とは思うのです。
しかしティルマンスの写真は、普通に撮っているようで、すごいのです。後でいろいろ読んだら、ティルマンスはいつも美しい写真を撮っているわけでもなく、ものすごい数の写真を撮って選んでいるようです。しかしそれでもすごいなあ、と思いました。
その後、ティルマンスの写真集を何冊か買って、自分なりに考察をしてみました。
いい写真というのは、見た人が心を揺さぶられる写真です。まず被写体そのものが、ひとの心を揺さぶるもの、という写真があります。猫好きな人が猫の写真を見たら、ほっとするような、クモが嫌いな人がその写真をみたら、気持悪いとかそんなものです。
でもそういう写真を芸術写真とはいいません。
カメラマンの感性と撮影テクニックによって、被写体以上の感動価値を作り上げているものがアートとして評価されるのです。
そのアプローチのひとつに、物語アプローチっていうのがあると思います。それは写真から物語が伝わってくるかのような写真。時間の一瞬を切り取っているのに、その時間の前後を感じさせる写真、といえばわかりやすいでしょうか。
それとは別に、絵画的アプローチがあります。色彩、構図による視覚的な刺激が大きくなることを意図して撮影された写真です。抽象画っていうとわかりやすいと思います。描く対象に依存せずに、純粋な視覚刺激だけで、何かの感動を生じさせる絵画です。
優れた芸術写真にはその両方が含まれているものですが、ティルマンスの写真は、物語:絵画=2:8くらいの割合のような気がします。そして、あえて被写体としてはそれほど魅力の無いものの写真で、観る人をさらに感動させるのです。
ティルマンスのような写真を撮ってみたい!と私はデジタル一眼レフを買いました。ニコンのD70という機種です。ロードバイク(自転車のほう)に乗って写真を撮りに行ってました。
被写体としてそれほど魅力のないものを探して、考えて撮ってみるということを1年くらいやってました。データが今どこかへいってしまったのですが、面白い写真は何枚か撮れました。距離が遠くなると、疲れて写真を撮るどころではないので、自動二輪に乗り始めたら、写真をそれほど撮らなくなりました。写真よりもバイクのほうが楽しくなったからです。