Cobalt's Photolog

About Photos and Arts

カメラマンの選ぶ写真と被写体が選ぶ写真

ポートレート写真を撮った後、私のほうでいい写真だけを選んで被写体さんに渡しています。被写体さんによっては、その中にお気に召さない写真があったりします。

 

私としては、選んで渡しているので、とても可愛く撮れていると思っているのですが、被写体さんが見ると、そうでなかったりするのです。細かい理由を聞くことはありませんが、自分の好きな顔の角度と違うとか、顔がむくんで見えるとか、気にしている部分が強調されているとか、おそらくそのような理由だと思います。

 

また逆に、私がそれほどいいとは思っていない写真を、とても気に入ってもらったりすることもあります。よくある構図で普通の写真になってしまった、と思っていたのに、これが好き!とかいわれると少々複雑なきもちになります。

 

しかしこのようなすれ違いは特別なことではありません。だって各々の感性が違うのだから、一致することなんてそもそもあり得ないのです。だからカメラマンが被写体の好みに100%合致するものを提供するのは不可能で、そういうものだろうと思っておけばよいのです。アマチュア写真家であれば、10枚写真を渡して、お気に入りが1枚くらいあればいいや、くらいの感覚でもよいと思います。

 

ところが、これはプロのモデルやプロのカメラマンだと、レベルが違ってくるようです。素人を唸らせる容姿や、撮影技術の引き出しがあるので、好みじゃない、とか思えないようなアウトプットを出せるのですね。

 

私は他の仕事でも同じようなことがいえます。私はデザインの仕事を長い間してきました。若い頃は、感性が違うのだから、みんなに満足してもらえるデザインなんかできない、と開き直ってました。デザインの知識や能力が未熟であったので、全員満足させることなんて不可能なんだから、ということを言い訳にしていたところもあったと思います。

 

そんな私でも、何年かデザインの仕事を続けていると、デザインをする上では、自分の感性より、事前の調査やコンセプトを論理的に決めることが大切だと考えるようになりました。そして独りよがりな仕事をしなくはなりましたが、無難な仕事をするようになったかもしれません。

 

ポートレート写真の場合は、満足してもらう被写体が一人なので、いろいろ話や気に入っている写真を見せてもらって、そこから好みを類推していおけば、お気に入り率は上げられます。そして少しだけ本人が気づいていなかった自分の魅力を、写真を使うことで引き出してあげるのも、撮る側の楽しみであったりします。

 

しかし人を撮るのは好きなんですが、自分を撮影されるのは、昔からあまり好きではありませんでした。理由は子供の頃から、自分の写真を見ると不細工に写っているなあと思うことが多かったからです。

 

それには理由がありました。まず小学生のころは太っていておデブだったということ、そしてもうひとつは近視がひどくて、子供の頃から眼鏡をかけていたということ、そして兄と妹が私と違って美少年と美少女であったことなどです。

 

また高校時代のクラスの集合写真を見ると、自分の顔が歪んでいることがよくありました。私は身長がクラスで一番高く、集合写真を撮るときは、上段の一番右端になることがほとんどでした。広角レンズの周辺歪みのせいで、いつも顔が歪んでいるように映っていました。これは写真の知識を得た後でわかったのですが、当時は自分の顔は歪んでいるのだ、と落ち込んだものです。

 

大学に入ってから体が痩せて、コンタクトにすることで、容姿は普通になりましたが、子供の頃からのコンプレックスは、けっこう根強く自分の心の中にあって、今でも写真を撮られるのは好みません。その結果、旅行にいっても人の写真ばかり撮って、自分の写真はすくなかったりするのです。

 

そういう経験があるので、自分の写真をよく撮っている人は、自分に自信があるのだろうな、と思い、少し羨ましくも思います。そして、また、写真というものは自尊心や自己肯定感を満たす手段でもあると思います。

 

写真は自尊心を満たすツールとして、昔から使われてきて、写真館で立派な写真を撮るのはその象徴です。普段と違うよそ行きの服を着て、偉い人と同じように風格のある写真を撮ることは、自分たちの人生を肯定し、自尊心を満たす行為でした。

 

また昨今のSNSの自撮りもそうです。こんなに満たされた生活をしている、ということを、写真に撮って公開することで、得意になることもあります。自尊心を満たしているのですね。

 

そういうことですので、誰かの写真を撮るのであれば、その人の自尊心を満たす写真にしなければいけないと思います。ところがカメラマンによっては、意地悪な人もいて、モデルさんの不細工な顔をわざわざアップしたりする人もいます。またそうではなくて、自分の美意識を押し付けているカメラマンも少なくありません。

 

例えば、写真全体を見た時に、綺麗に見える写真でも、被写体本人からすれば、あまりよくない、と思える写真というのもあります。今まで撮られていなくて、思い切って写真を趣味にしている人に頼んだら、そういう風に撮られることはよくある話です。

 

被写体さんが喜ぶような写真を撮りたいですね。